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デール・カーネギーの知られざるリンカーン [伝記(外国)]


デール・カーネギーの知られざるリンカーン (フェニックスシリーズ)

デール・カーネギーの知られざるリンカーン (フェニックスシリーズ)

  • 作者: デール・カーネギー
  • 出版社/メーカー: パンローリング株式会社
  • 発売日: 2018/12/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



 エイブラハム・リンカーンというと、奴隷制を廃止し、南北戦争の危機を乗り越えた偉大な大統領というイメージがある。

 だが、リンカーンがそのような栄誉を得るまでには相当な苦労もあったらしいのだ。本書はリンカーンの知られざる側面に光を当てている。

 どんな人生だったのだろう?

 リンカーンは望まない結婚をした。マリッジブルーになって、自分の結婚式に欠席したほどだった。政治家を目指したが、選挙では落選し続けた。政治家をあきらめて弁護士業に戻ったこともある。南北戦争で北軍を指揮したときも、連戦連敗を続けた。南軍の勢いに押され、北軍壊滅も間近いといったところまで追い込まれた。鬱病にとりつかれ、いつも悲しみに意気消沈した姿をしていた。

 リンカーンは負け続けの人生だった。

 リンカーンと同じく人生に負け続けた人物として、本書にはもうひとりの男が登場する。革製品の買いつけ商人だったが、賃金は少なく極貧生活を送っていた。怠け者で酒好き、いつも借金に追われていた。父親に金の無心に行っても断られる始末。友人も親類からも煙たがられ、近づいてもみんなが彼を避けた。失敗と挫折だらけの人生だった。

 彼の名前はグラントという。後に南軍のリー将軍を打ち倒し、北軍の英雄となる人物だ。

 リンカーンもグラントも現代から見ると偉大な人と知れ渡っているけれど、彼らにも無名の時代はあった。この本はそんな彼らの知られざる苦難の道のりを教えてくれる。

 人生に負け続けたふたりは、いかにして英雄になったのか。本書を読むと人生の驚くべき真実が見えてくる。栄光をつかんだ偉人達も、最初から何もかもうまくいっていたわけではない。ときには、あんなやつはだめだと誰からも蔑まれているような人が、のちに偉大な功績を残すこともあるのだ。

 こんなに負け続けたら普通なら投げ出して諦めてしまうだろう。それなのに彼らは最後まで戦いつづける。彼らを動かし続けた不屈の精神力の源が何だったのかがとても興味深い。

 リンカーンや南北戦争の本はいくつか読んだが、こんなに詳しく書かれたものはないといえる。しかも、デール・カーネギー(自己啓発の元祖)が書いているので、逸話が満載で、読んでいて非常に面白かった。
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墨攻 [歴史小説(外国)]


墨攻 (文春文庫)

墨攻 (文春文庫)

  • 作者: 酒見 賢一
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/04/10
  • メディア: 文庫



 中国の春秋戦国時代に、墨家と呼ばれる思想集団があったという。博愛主義的な思想で、家族に対する愛、国家に対する愛を超越した、万人に対する普遍的な愛を説いた。兼愛説と呼ばれるものだ。

 また、戦国の世の中にありながら、彼らは徹底した非戦主義者でもあった。

 このような思想をもっていたから、まるでキリスト教みたいな集団のように思えてくる。ところが、墨家にはその博愛的なイメージからは想像もつかないような側面もあった。彼らは武装集団でもあったのだ。

 武装と言っても、敵に攻撃をしかけるのではなく、徹底して防衛につとめる守りの集団だったという。侵略行為を行おうとしている国があれば、権力者に掛け合ってやめるように説得した。侵略行為を受けている国があれば、かけつけて防衛に加わって守り抜こうとした。そんな謎の防衛スペシャリスト集団だったらしいのである。

 「墨攻」はそんな墨家の活躍を描いた小説である。

 趙という国の2万もの軍勢が、ある豪族の小城をのみこもうと押しよせる。城主の依頼を受けて、墨家のメンバーである革離という男がたったひとりで派遣される。革離はあらゆる知識・技能を総動員して、城を守り抜こうとする。

 趙の軍勢が戦闘のプロ集団2万なのに対して、小城を守るのはわずか5千足らずの素人の村人たちだけ。圧倒的に不利なのにどうやって戦うんだろうと思ったら、革離が巧妙な戦略を立てる。城の防備を固め、村人たちを戦闘のプロ集団へと教育していく。ついには趙の軍勢と互角に戦えるまでになり、それどころか、趙の軍勢が慌てふためくような策を次々に繰り出していく。

 趙の軍勢を小集団が蹴散らしていくさまがあまりにも面白くて、つい一気に読んでしまった。と同時にこんな謎集団が実際にいたのかという歴史的な興味もふつふつと沸いてくる。

 すごいなと思ったのは、単に思想集団として論説を述べるだけでなく、実際に行動に出しているというところだ。諸子百家の思想家などというと、遊説して回って権力者に取り入ろうとする人たちというイメージがあったけれど、墨家は違ったらしい。とにかく行動力のある人たちだったようなのだ。

 こんなに敵を殺しまくって、どこが非戦主義なんだという気もするが、非戦だからこそ侵略に対しては断固とした対処をするということなんだろう。非戦と言葉で唱えるだけでは、何も社会は変わらない。非戦だと言って小国が侵略されるのを指をくわえてみているだけでは意味がない。自ら率先して、侵略行為に対抗して守り抜くという行動をとることで、戦争に反対していくしかない。そう思ったのかもしれない。

 現代社会においても、「どんなにいい言葉を並べ立てても、行動が伴わなければ意味がない」ということは往々にしてある。その意味では、実践的な行動によって、社会を変えようとした墨家集団は、今でもとても魅力的に思えるのである。
タグ:酒見賢一
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刑事弁護人 [法律]


刑事弁護人 (講談社現代新書)

刑事弁護人 (講談社現代新書)

  • 作者: 亀石 倫子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/06/19
  • メディア: 新書



 警察が逮捕・捜索など人権侵害の危険がある強制捜査を行う場合には、裁判所の令状が必要とされている。警察の判断だけで強制捜査を行うことができるとすると、歯止めがきかなくなるおそれがあるので、裁判所のチェックを必要としているのである。

 どのようなものが令状が必要な捜査に当たるかと言えば、個人の意思を制圧して、権利に制圧を加え、強制的に捜査活動を実現するようなものである。逮捕、捜索がこれに当たるし、血液採取、強制採尿などもこれに当たるとされている。電話の傍受も、プライバシーの権利を侵害するので、令状が必要とされている。

 他方で、尾行、張り込みなどは任意の捜査であり、強制捜査ではないとされている。

 では、GPSを利用した捜査はどうか? 警察が容疑者の自動車にGPSを取り付けて、容疑者の行動を機械的に追尾することは、令状なしに許されるだろうか?

 このあたりの議論について詳しく書かれた本が、講談社新書「刑事弁護人」である。

 令状なしにGPSを被告人の自動車にとりつけて追尾した捜査が違法ではないかが争点となった刑事裁判について、実際に事件を担当した弁護士が書いた本だ。最高裁判所の大法廷で争ったこともあり、大きな話題となったらしい。

 GPS捜査については公道での動きを追尾するだけなので、プライバシーの侵害ではないという見方もできるだろう。現に、尾行は令状が必要ないとされている。GPSも尾行の延長と捉えれば、令状は必要ないのではないか?

 別の見方もできる。尾行の場合は人力で行うものなので、マンパワー、コスト、時間的な限界がある。これに比べて、GPSの場合には自動的にあらゆる行動が把握できてしまう。時間的な限界もない。令状なしに無限定に捜査を認めるべきではないと。

 結局、最高裁判所の判決では、GPSの捜査は個人の意思を制圧するもので、特別の根拠規定がなければ許されない強制処分に当たるとされた。つまり、GPSを利用した捜査をする場合には、令状を取る必要がある。
 
 判決の内容は妥当なものといえるのではないか。単なる尾行とGPSではレベルが違うからだ。

 テクノロジーが進歩すれば、同じように人権侵害のおそれのある捜査活動というのも増えていくのだろうなとも思う。監視カメラ、顔認証システム、AIによる行動分析、DNA鑑定、インターネット上の捜査など、捜査技術が進歩すれば国家による捜査活動が、個人的な領域にまで入り込んでくるのは必然ともいえる。
 
 事件解明のために様々な便利な道具を使うことは大事だけれど、一方で闇雲に何でも認めてしまったのでは、捜査対象となっている人のプライバシーは丸裸にされてしまうし、事件と全く無関係な人のプライバシーまで侵害されかねない。

 テクノロジーの進歩により世の中はどんどん便利になっていくけれども、一方で弊害も起こる。便利さと弊害が衝突したときにどのように考えるべきなのか。この事件はこうした問いかけが具現化された興味深い例と言えるだろう。
タグ:亀石倫子
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遺伝子 [生物]


シリーズ人体 遺伝子 健康長寿、容姿、才能まで秘密を解明!

シリーズ人体 遺伝子 健康長寿、容姿、才能まで秘密を解明!

  • 作者: NHKスペシャル「人体」取材班
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/09/12
  • メディア: 単行本



 人は変わらないと言われることは多い。「三つ子の魂百まで」という言い方もある。

 人には運命の定めがあって、何も変えることはできないんだろうか? 生まれたときに何もかも決まってしまうんだろうか?

 もしそうだとしたら悲劇だ。努力をしても何の意味もないということになる。ただ、レールの上に乗って、運命の星の命じるままに生きるしかなくなってしまう。

 人は変化する生き物だ。自分の意志によって、変化したり成長したりすることができる。運命を変える余地が残されているから、努力することもできるし、困難に挑戦することができる。

 これを科学的な観点からみるとどうなるだろう? 実際に遺伝学の世界でも、人は変化する生き物であることが、最近続々と発見されつつあるらしい。NHKの取材をまとめた「遺伝子」という本にそれが書かれている。 

 遺伝子というと、設計図というイメージがあるので、生まれによって何もかも決まってしまうように感じてしまう。遺伝子を設計図にして、誕生時に能力や体質、性格が完成する印象がある。

 しかし、実際には遺伝子は成人であっても働いていて、体内で必要な様々な物質を作り続けている。しかも、遺伝子にはスイッチのようなものがあって、オンオフで働きの有無が切り替わる。この切り替えは人がどういう生活を送るかによって変化する。どういう生き方を送るかによって、遺伝子の働き方も変わるのである。

 遺伝子が作り出す物質には、がんを抑制する物質や脳の神経伝達物質などもある。遺伝子のスイッチの切り替えによって、こうした物質の作られ方が変わってくる。つまり、健康、能力、性格といったものも、生活環境によって変化しうるということだ。

 この本は遺伝子の話だったが、脳の可塑性まで考えれば、人の変化する可能性というのはさらに高まると言えるだろう。

 人は運命を切り開くことができる。神様は人にそういう余地を残してくれているらしい。この本を読むと、最先端の遺伝子研究が人間の可能性を続々発見し続けていることがよく分かる。
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黒いカーニバル [SF(外国)]


黒いカーニバル (ハヤカワ文庫SF)

黒いカーニバル (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: レイ ブラッドベリ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2013/09/05
  • メディア: 文庫



 10月になるとブラッドベリの小説が読みたくなる。

 ブラッドベリはハロウィーンを題材にした作品を多く残していて、この季節に愛着があったようなのだ。「10月はたそがれの国」というタイトルの本を残しているほど。

 今回読んでみたのは「黒いカーニバル」という本だ。ブラッドベリの初期の短編集である。

 久しぶりにブラッドベリを読んでみて、あらためて文章表現のうまさに舌を巻いた。ブラッドベリは「叙情と幻想の詩人」などと評されることが多いけれど、「黒いカーニバル」に収められている作品の数々も詩的な表現にあふれている。

 まず目につくのは、比喩表現の豊富さである。ページをめくるごとに比喩表現が出てくる。こんなに比喩表現を使う作家も珍しいんじゃないか。

 これがたしかに効果的で、直裁的な表現よりもより強く印象に残る。単に「古い小屋」と書かれるよりも「百万回もの雨に打たれたような、古い小屋」とあったほうが、イメージがわきやすいのである。

 比喩を使わない表現であっても、ブラッドベリの情景描写はイメージ豊かで、読者のあらゆる感覚に訴えかけてくる。どんな風景が広がっているのかというのはもちろん、周囲の音、におい、暖かさや寒さ、柔らかさや手触りのようなものまで表現している。

 五感を刺激するような表現が次々に出てきて、読んでいて鮮烈なイメージが流れ込んでくるのを感じる。圧倒的な想像力の世界に思わず引き込まれて、うわっとなる。

 しかも、その喚起されるイメージがあまりにも、繊細で美しいので、情景描写だけでも感動してしまうほど。まさに「叙情と幻想の詩人」と呼ばれるゆえんだろう。

 文章表現の巧みさに注目したが、ストーリーも切れ味の鋭い作品が多かった(中にはよく分からなかったものもいくつかあったが……)。「詩」「旅人」「ほほえむ人びと」「刺青の男」「みずうみ」あたりがお気に入りである。
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祈りの幕が下りる時 [ミステリ(日本)]


祈りの幕が下りる時 (講談社文庫)

祈りの幕が下りる時 (講談社文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/09/15
  • メディア: 文庫



 ミステリー小説を読んでいて、面白いなと思うポイントはなんだろう?

 一つ目は「謎」。人は謎に惹かれるものだ。謎めいた出来事に遭遇すると、真相はどうなっているのかとつい気になってしまう。ミステリー小説でも、不可解であればあるほど、難問であればあるほど、わくわくするし、結末を知りたくなる。

 二つ目は「ロジック」。謎を単なる勘で解いてしまうのではつまらない。あちこちに隠された手がかりを元に、論理的に結論を導いていくところが見所。些細な手がかりから犯人を絞り込んでいったり、犯人のたくらみを見破ったりするところが面白い。

 三つ目は「トリック(ミスディレクション)」。AがBを殺したという真相があったときに、いかにこの真相から目をそらすかということ。いかにカムフラージュして真相を隠すかという、犯人側の知恵を楽しむということである。うまいものを読むとすっかりミスリードされてしまい、結末で全てがひっくり返ったような感覚になる。

 と、ここまでは普通だが、四つ目が大事だと思うのである。それは「動機」である。犯人がなぜ犯行に及ぶに至ったのかという背景事情。真相に思わぬドラマが待っていたりすると、単なるパズラーではない、より深みを持った作品に感じられるものだ。動機がうまく描かれているミステリーは、文学たりうるんじゃないか。

 犯行の背景や動機の部分を描くのがうまい作家に、東野圭吾がいる。東野圭吾は「謎」「ロジック」「トリック」のどれもうまいが、「動機」のドラマをこんなにうまく書ける作家はなかなかいない。なにしろ、読んでいて泣けてくるのである。犯人が生まれた境遇、育った環境、様々な人間関係がある中で、罪を犯さなければならなくなるというところまで追い詰められる。そのやるせなさに泣けてしまうのである。

 「祈りの幕が下りる時」も泣ける小説である。よく考えると無関係の人まで殺していて、犯人は相当極悪なんじゃないかとは思うし、これで泣くのもどうかとは思う。それでも泣けてくるのは東野圭吾の筆力のなせる技だろう。とにかく「謎」「ロジック」「トリック」「動機」というミステリーの四大要素を全て兼ね備えた傑作だった。
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義経 [歴史小説(日本)]


新装版 義経 (上) (文春文庫)

新装版 義経 (上) (文春文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/02/10
  • メディア: 文庫



 「義経」は司馬遼太郎が源義経の生涯を描いた歴史小説。

 源氏と平氏の戦いというと、一ノ谷とか壇ノ浦とか、戦いがいくつかあって最終的に源氏が平氏に勝ったというのが歴史教科書にあるような通史的記述。これだけだと何の面白みもないわけだが、個々の戦いをさらに具体的に見ていくと、とても劇的なエピソードが多いことが分かって実に面白いことが分かる。

 義経が現れた頃は、平氏全盛の時代だった。「平氏でなければ人ではない」というくらい栄華を極めていて、日本の半分以上が平氏の持領となり、朝廷とのつながりも深めて貴族化していた。

 義経はこの圧倒的な権力を誇る平氏に挑もうとするのである。その動機は、父親である義朝を殺され、源氏が敗北させられたことへの復讐心。

 しかし、そもそも義経は何の権力も持たない若者にすぎない。どうやって難攻不落の平氏の勢力を崩していくのかが見ものなのだ。

 戦いというと、物量で決まるんじゃないかと単純に思ってしまうけれども、それだけではないことが源平の戦いを見ると分かる。義経と頼朝は、数の上では負けてしまうはずのところを、知恵を使って乗り越えていく。

 好例が一ノ谷の戦いだろう。数で言えば、平氏が2千騎に対して源氏はわずが2百騎。このくらいの圧倒的な兵力差がある中で、復讐に燃える義経は戦いを挑む。周りからもかなり反対されたらしい。だが、奇策を使うことでこれを乗り切ろうとする。敵の背後の切り立った崖から急襲して一気に討つという戦術だ。

 策を練ったはいいが、実行するとなるとかなり難航したらしい。敵の背後にたどり着くまでには鬱蒼とした山々を通り抜けなければならない。一ノ谷の崖も想像以上の断崖絶壁で、弁慶も絶句するほどだったらしいのである。読んでいくと、これ大丈夫なんだろうかとハラハラする。

 圧倒的兵力差への挑戦という意味では、頼朝が武士たちの不満を利用したという心理戦も大事だったのだろう。

 当時の武士たちは荘園という形で土地を私有していたが、本来は律令体制のもとでは土地は公有のもの。土地の私有は完全には認められず、権力者にゴリ押しして庇護してもらい、なんとか認めてもらうという形をとっていた。武士たちは平家の保護を受けようと平家の傘下に入ったが、徐々に平家は保護者の自覚を失っていき、奢りにふけり、武士を圧迫するようにさえなったという。これへの不満を利用することで、平家を内部から崩していこうという戦法である。

 数の上では負けていた源氏が、義経の天才的な戦術と頼朝の政略によって状況を変えていく様子が生き生きと描かれている。歴史というのは、細かく見ていくとダイナミックで面白いものなんだというのがよく分かる本だった。
タグ:司馬遼太郎
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項羽と劉邦 [歴史小説(外国)]


項羽と劉邦(上) (新潮文庫)

項羽と劉邦(上) (新潮文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1984/09/27
  • メディア: 文庫



 映画「キングダム」が面白かったので、最近中国史にハマっている。

 「キングダム」の時代のあと、中国はどうなるんだろうと気になって、読んでみたのが司馬遼太郎の「項羽と劉邦」である。

 時代は秦の始皇帝が7つの国をまとめて、中国を統一した直後。

 それまでの時代を振り返ると、各国に王はいたものの、国内の各地域は諸侯による自治が認められていた。諸侯は自分たちで制度を決めたり、税金をとったりすることができた。あらゆる地位が血縁により受け継がれる身分社会だった。

 秦の始皇帝はこうした古い制度を廃止して、厳格な法律による統治というものを始めた。

 地方分権的な封建制度をやめて、中央集権国家を作り上げる。統一的な法律を作り、各地域に中央から官僚を派遣する郡県制を行った。身分制度も廃止し、諸侯と血縁関係があっても、戦場で手柄をとらなければ公族の地位は剥奪された。

 農民には重税を課した。未納付があれば、万里の長城や生前墓の土木工事にかり出された。

 このような法律による統治を強化するため、思想の合わない儒教は撲滅した。焚書坑儒といって、儒教などの書物を焼き払い、これに反対する学者を生き埋めにした。

 しかし、こうした始皇帝のやり方はあまりにも厳格すぎた。数々の圧政に各地で不満が噴出。反乱が次々に起こるようになった。ここで現れるのが項羽と劉邦である。

 単純に強くて戦に勝てばいいというものではなくて、人心をつかむことが大事ということか。秦の始皇帝は法律で厳しく統制すればいいだろうと考えたが、うまくいかず、わずか15年で滅んでしまった。

 人心をつかめなかったという意味では、項羽にも同じようなことが言える。強大な秦に立ち向かって、項羽は次々に勝利を収めていった。このまま新たな王になる勢いもあったが、劉邦によって道を阻まれる。

 項羽は戦に勝利しても、自分の身内以外には褒美の身分や土地などを与えようとしなかった。また、項羽は秦の始皇帝に似て、恐怖による支配を好んだ。人を穴に埋めるのが好きで、反対勢力は次々に埋めた。こうしたやり方は武将や民衆の反感を招くことになる。 

 結局、項羽は人心をまとめ上げることができず、なぜか人心をつかむのがうまかった劉邦に敗北する。

 戦争でも政治でも人間心理をおさえることが大事なんだなあということがよく分かる本だった。古代中国に限らず、現代にも通じる話なのではないか。

 物語としては、戦略エピソードが満載なところがよかった。韓信という策士が出てきて、トリッキーな手を次々に使うのである。有名な四面楚歌のエピソードもある。このあたりもなかなか読み応えのある本だった。
タグ:司馬遼太郎
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地面師 [犯罪]


地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団

地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団

  • 作者: 森 功
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/12/06
  • メディア: 単行本



 積水ハウスの事件でニュースにもなったけれど、地面師詐欺というのが横行しているらしい。

 地面師というのは他人の不動産を、あたかも自分の所有物のように偽って第三者に売却したり、担保を設定して融資を受けたりする詐欺師のことだ。

 「地面師」という本を読むとその詐欺の手口が詳しく書かれている。他人の不動産なのにどうやって自分のもののように見せかけられるかというと、土地所有者本人になりすました替玉を用意して、パスポート、印鑑証明、権利証といった登記に必要な書類も偽造するのである。

 買い手からすると、本人らしい人がいて書類も本物に見えるので、つい騙されてしまうという寸法。実際に不動産のプロや公証役場、司法書士までもが騙される巧妙な手口だ。

 問題はどうやって本人とにせものを区別できるのかということだろう。これについては、決定的な対策はまだないようである。

 社会保障番号やマイナンバーといった番号で区別するやり方がひとつ。しかし、番号などは簡単に盗まれて悪用されてしまう。アメリカでも、他人の社会保障番号などの個人情報を盗んだ詐欺師が、にせの身分証を入手して、勝手に融資を組んだり、他人名義のクレジットカードを作ったりといった事例が後を絶たないと聞く。

 カードに偽造防止のICチップを埋め込んで、個人データを集約するという案も考案されて、世界中で実践された。ある程度は有効なようだが、万能ではなかったようだ。カードを盗まれるリスクがあるし、結局は偽造品が次々に現れたという。

 印刷技術や3Dプリンターといったテクノロジーの進歩によって、身分証を偽造する技術も日々巧妙化しているのだ。偽造対策のホログラムまで偽造するやつまでいるという。こうなると身分証や印鑑になんの意味があるのかという気もしてくる。

 いっそのこと身分証の代わりに、指紋や顔認証、音声認識といった生体認証を身分確認に導入したらどうか。番号やカードと違って盗まれるリスクが下がるだろう。

 しかし、これさえも上回る新手の詐欺が次々に現れるにちがいない。しかも、生体情報を国が管理することになれば、超監視社会の実現のおそれもある。どこに行ってもたやすく身元を把握されてしまう。プライバシーの侵害ではないかという問題も出てくる。

 結局は万能な対策はなくて、複数の手段で本人確認をするとか、信用できる人間としか取引しないとか、昔ながらの手を打っていくしかなさそうだ。テクノロジーが進歩して社会が豊かになった反面、犯罪まで巧妙化してしまって、なかなか単純にはいかないようである。
タグ:森功
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